2014年8月 75号

「神楽坂かぐら連」は今年で創立40周年を迎えました。そこで、40年間の歩みを振り返ると共にこれからの「かぐら連」の事について述べてみたいと思います。(文:神楽坂かぐら連 会長 石井要吉)

「神楽坂 阿波踊り」の始まり

今年で43回目を迎える「神楽坂 阿波踊り」は昭和47年に第1回目が開催されました。

大阪万博が開催された昭和45年、神楽坂通りで毎日曜日に歩行者天国が実施される事となりました。

今までの夏のイベントに替わる歩行者天国を生かした地域に相応しいイベントとして神楽坂通り商店会で考えたのが「阿波踊り」でした。神楽坂に近い牛込見附の大名普請を江戸時代初期に担当したのが、阿波徳島の蜂須賀家だったという故事に因むとの説もあります。

昔の写真から。何より踊りが好きな6丁目の「通り寺米店」の大熊さん(右)と菊岡三味線屋の塚原さん(左)

「かぐら連」の創立

昭和47年の「第1回 阿波踊り」では、「娯茶平連」「天恵連」といった本場徳島の有名連が出場しました。

翌年の「第2回 阿波踊り」からは、徳島からは「うず巻連」が、地元神楽坂からは各種団体また企業連が参加し、また高円寺からは「天狗連」「あすか連」「花菱連」「葵新連等」が参加して開催されました。

第2回大会終了後の反省会で、第1に主催者である商店会を中心とした連が必要である事、第2に鳴物が不足して居り地元による囃子方の育成が急務であるとの結論に達しました。そこで昭和49年、商店会では平太鼓、締太鼓、鉦、篠笛を購入し、同年5月より「高円寺天狗連」の中村連長他4名の指導の下、商店会役員を中心に10回に亘る猛特訓を実施し、夏の「神楽坂阿波踊り」に出場する事となりました。ここに「かぐら連」が誕生しました。

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