せまい路地の奥に、小さな横丁の陰に、ぽっと明かりのともる店がある。 なにやら懐かしいその明かりのもとは、店主たちのある思いが光っているのだ(「ある思い」とは何か?それはこの特集の各ページから読者の皆さんが好きに感じ取ってほしい)。 編集部ではそうしたお店を『星を売る店』と呼んで、神楽坂の路地や横丁をさがし歩いてみた。

 

プリンで宇宙旅行ですか?

ACHO

アチョのプリンは、星というよりも小宇宙といった方が似合うかもしれない。未知なる可能性を秘めたプリンをめぐって、風味の探検を繰り返していくと、簡単な言葉にはできない奥行きと楽しみが生まれる。

こだわりの秘訣はレシピにある。単純な味では発展性がないと考え、いくつかの味を何層にも重ねるように、他の生菓子のレシピの組み方をプリンに応用している。他のお店にはない期間限定のプリンが楽しめるのも、そうしたノウハウがプリンに注ぎ込まれているからだ。

カップのままプリンを食べてしまうのはあっという間のことだ。けれども、珈琲か紅茶も用意し、お気に入りのお皿にプリンを盛り付ければ、自然とゆっくりプリンを味わうことができる。お皿にとろんと着地する様子などは、眺めていてなんとも愛らしい。アチョのプリンがお皿に立つギリギリの柔らかさになっているのには、そんなひと時を願う富永さんご夫妻の思いが込められている。 

アチョのお菓子は旅をする。プレゼントのための小箱、ラベルからプリンのカップまで、品があって楽しげな旅を予感させる装いだ。小さな旅の途中、アチョのお菓子があなたにも届きますように。(石丸)

ACHO
矢来町103
TEL03・3269・8933
月~土 11:00~19:00
日・祝 11:00~18:30
火曜定休
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心の余白に、本とお酒を

余白

本好きが本を読む場所は、あるいは本に触れる空間は、どこが一番いいだろう? そんな命題にプレゼンテーションを仕掛けているようなお店が神楽坂には増えている。「かもめブックス」「ラ・カグ(現AKOMEYA TOKYO in la kagū)」「神楽坂モノガタリ(移転)」等など。神楽坂ツウにはうなずくことが多いのではないか。これらカフェと新刊書が一体化した空間に加えて、今年の4月には、本とお酒の楽しめるBook&Bar「余白」がオープンした。

オーナーは、大手出版社に25年勤めた元営業部長の根井浩一氏。自宅の蔵書のうち約1200冊を並べる棚とバーのカウンターがうまく機能するようオーナーの思いが随所に工夫されている。例えばカウンターのグラスを置いた先には文庫本専門の棚があり、振り向けば背丈以上の本棚に文学書や写真集など話題の書籍がずらりと並ぶ。中でも月間「太陽」のバックナンバー150冊は壮観だ。開業後は、他の出版社の友人らがおすすめの新刊書を棚に置いていく。また手にした本が読みたいというお客には無料で貸し出しもしている。

根井さん自身、仕事が終わった後に、居酒屋でひとり本を読むのが好きだったという。とはいえ、50歳を過ぎてからの開業は、不安がつきものだ。そこで作家の村上春樹さんの人気サイトで開業の不安と悩みを相談してみたら、村上さんはサイトできちんと応えてくれた。その先輩としてのアドバイスの中の一文に「気長にやるのがコツです」とあったという。

本と酒の好きな方は、仕事帰りにふらりと立ち寄ってみては?(長岡)

BOOK and BAR 余白
白銀町1-13第11 シグマビルディング飯田橋1F
TEL 03・5229・7016
ランチ:11:40~14:00/バー:18:00~23:30
月曜、第1、第3火曜休
Twitter:@yohaku_kagura
 

夜間飛行のお供をするのは……

神楽坂 ペルゴー

「遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇に心休める時…(中略)……きらめく星座の物語もきこえてくる、夜のしじまのなんと饒舌なことでしょう」このセリフですぐにピンと来る人は、60歳以上の方ではないだろうか。40年程前のラジオの人気番組「ジェットストリーム」。深夜零時になると城達也氏の甘い声が語りかけ、海外のまち情報と軽音楽で構成された番組がはじまる。受験勉強をしながら、あるいは眠りにつく直前に、まるで夜間飛行にでもお供しているような夢見心地にしてくれた。いまもう一度聴いてみても(興味のある人はYou Tube でどうぞ)、ぞくぞくするほど多感だったあの時代がよみがえってくる。

長い前置きになってしまったが、夜の「ぺルゴー」でオーナー佐渡邦夫氏の話を聞きながら思い浮かべたのが、冒頭のラジオ番組だった。それもそのはず、店内のモニターには航空機の運航をリアルタイムで表示したモニターがあり、その隣に海外の都市の情景を映したモニターがある。その2つがカウンター越しに眺められたからだ。ここまできて、オーナーの前職が航空機の運航と関かわる仕事だったことに納得する。

成田発サンフランシスコ行きの夜行便に昔の女友達が搭乗していて、今頃はどのあたりを飛んでいるのだろうと、「ペルゴー」のモニターを眺めながら一杯傾けるひと時、「ジェットストリーム」世代には、至福の時間である。(ジェットストリームは今も続いている番組です)(長岡)

壁にはジェットストリームの世界が。店内では、アンティーク時計の販売と修理も行っている
 
神楽坂 ペルゴー Perregaux
神楽坂6-34 TEL 03・6228・1536
平日 11:00~23:30/休日・祝日 11:00~19:00
定休日 月曜日(祝日は除く)
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ゆらぎとやすらぎの灯

アトリエ 灯(閉店)

2012年12月にオープンしたアトリエ灯は、和ろうそく屋さんである。店主の中村知子さんは、もともとは古民家再生のためのボランティア活動をしていた。その活動の中で、飛騨古川にある古民家の和ろうそく屋さんを偶然訪れたことがきっかけで、中村さんは和ろうそくに魅了されることになった。今や和ろうそくと聞いてもピンとくる人は少ないかもしれない。代々続く職人も全国で10人いるかいないかという規模にまで落ち込んでいるようだ。また、和ろうそくの制作は手仕事で、素材も植物性であるため、キャンドルと比べてコストが数倍以上かかってしまう。それでも誰かが広めなければ、日本の貴重な文化がまた一つ、途絶えてしまう。そう思い知った中村さんは、まずは和ろうそくの実物を見てもらうために、その素朴な温かみと気品を実感してもらうために、アトリエ灯をオープンさせた。アトリエ灯では現在、京都の中村ろうそくを始め、滋賀、石川、山形、新潟など全国各地の和ろうそくを取り扱っている。

日々の暮らしの中にもう少し、火というものを眺める機会を増やしてもいいのではないか。キャンドルよりもゆらぎのある、和ろうそくの灯りが生活に加われば、ふっと心休まる時間も増えるだろう。(石丸)

アトリエ 灯(閉店)
神楽坂6-73-1F
TEL 03・6280・8573
営業日:金・土・日曜
12:30~19:00(他の平日は、HPをご確認ください)
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女も男も魅せられて

ラ・ラ・ルー(2016年6月号情報)

女性なら、誰しもとっておきのランジェリーを1枚は、箪笥に秘めているのではないだろうか。繊細なレース、なめらかな質感、美しい色や光沢。特別なランジェリーは、気分を高揚させる。誰に見せなくても。

白銀町の「ラ・ラ・ルー」は、インポート・ランジェリーの修繕アトリエ&ショップだ。北川桂子さんは、この道38年。日々、全国から様々な依頼が舞い込んでくる。華奢でなで肩の日本人の体型に添わせるための、肩紐やアンダーの調節。そして長く使い続けるための、レースの修繕や金具の交換。「思えば試行錯誤の連続だった」と北川さんは言う。「修繕は、いかに元と同じにするかとの戦い。糸の色だけは必ず合わせるの」。しかしそれは、決して簡単なことではない。自ら染料を配合し、微妙な色合いの糸やゴムに染め上げる。

手芸好きが高じて、数々のご縁と持ち前の好奇心とで道を切り開いてきた北川さん。ランジェリーとの“出会い”は18歳、伊丹十三氏のエッセイにて。それを店名にも刻んでいる。以下、氏のエッセイを抜粋しよう。(山本)

(中略)やはり美人もある年になったら、お臍が隠れるような白いナイロンのパンティなんかぞろりと履かないようにしてほしいと思う。フランスの「ルー」という会社のレースの三つ揃いなんて見たことあるかね? 薄いグレイと薄いピンクのレースでツー・トーンになった、ビキニ型のパンティとブラジャーとガードルとが揃いになったもので、これは正に夢のように美しい。銀座あたりにも売っているんだよ。もっとも一揃い一万いくらもするが。でも、役にも立たぬ花嫁修業や、ろくでもない嫁入道具にかける金があるなら、こういうものを買ってほしいと思うのですね、男は。(『女たちよ!』伊丹十三著/新潮社)

パリで買い求めた個性的な小物は、プレゼントに喜ばれるかもしれない
 
ラ・ラ・ルー
白銀町1-2
TEL 03・5228・0820
不定休。お電話ください
 

奥神楽坂 人気の花園

ジャルダンノスタルジック

 静かな通りの途中、突然広がる花々に誘われて赤い扉を開ければ、ふと異国に迷い込んだかのようだ。立ち込める花の香り。棚に息をひそめるガラスの細瓶。天井からは、時を経たドライフラワーの視線を感じるだろう。

フランス語で懐かしい庭を意味するジャルダンノスタルジックは、昨今注目される奥神楽坂に佇む花屋さんである。お花はもちろん、お菓子や雑貨も並べられ、フラワーアレンジメントのレッスンも行なわれている。

店を営む青江健一さんと加藤孝直さんはともにフローリストで、加藤さんはパティシエでもある。花屋さんを始めた二人は、根本的な思いで共通していた。それは二人とも花が好きであり、その花で人が喜ぶことこそが、自分の喜びでもある、という思いだ。壮大な作品を作ったり、アートをしたりするわけではない。お店で出会う人々の暮らしに近づいた、素敵ななにかを作ろうとしているのだろう。ジャルダンノスタルジックの花々は、その一輪ずつが誰かの喜びであり、きらきらと光りつづける。(石丸)

ジャルダンノスタルジック
天神町66-2
TEL 03-6280-7665
11:00~19:00
火曜日定休/土・日カフェ営業:15:00~19:00(LO. 18:30)
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移動式自家焙煎珈琲店の不思議

自家焙煎珈琲 haze(2016年6月号情報)

週末の午後になるとアユミギャラリーの庭に自家焙煎珈琲を売る店が立つ。テーブルを2つ並べて白いカバーをかけた小さな店だ。店名は「haze」、店主は成田雄太氏。その傍らで手伝いながら焼き菓子を売るのが松田裕紀子さん。通りすがりに立ち止まって眺めていると、不思議とほんわかとした空気が流れている。

開業して4年目。最初は男性二人でスタートした。同じ職場で焙煎の仕事をしていたが、同時に退社し、二人で起ち上げた。500g専用のサンプルロースターでていねいに豆を煎り、袋に詰め、それを自転車で配達するというスタイルだった。「haze」という店名は、小さな手動の焙煎器を手でまわしながら世界各地の豆がはぜる音を聴いて思いついたという。送料の負担を考慮し、23区内は自転車で配達(遠い所は3時間かかった)。どこか昭和の懐かしさのような感じがするのは、そのあたりのせいかもしれない。

今は自転車での配達はやめ、相棒も就職をした。代わりに焼き菓子やパンをつくる松田さんがいつも「haze」の傍らにいる。彼女の焼き菓子の腕前は、本格的なものだ。この移動式自家焙煎珈琲店は、立ち寄るだけでも、どこかふわりと優しい気持ちになる。それがコーヒーにも焼き菓子にもあらわれる。(長岡)

自家焙煎珈琲 haze
haze.coffeebeans@gmail.com
毎週 金・土・日曜・祝日
13:00~18:00
アユミギャラリー庭
https://www.facebook.com/haze.coffee




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